仮想通貨ビットコイン(BTC)のマイニングを題材にした上田岳弘氏(39)の小説「ニムロッド」が、2019年1月16日、第160回芥川賞に選ばれました。仮想通貨の世界を描いた作品が芥川賞を受賞するのは初めてで、仮想通貨・ブロックチェーンに対する世間の認知度向上も期待できそうです。

「新時代の仮想通貨小説」

第160回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が1月16日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれ、芥川賞は上田岳弘氏(39)の「ニムロッド」(雑誌「群像」2018年12月号掲載)と町屋良平氏(35)の「1R(ラウンド)1分34秒」(雑誌「新潮」2018年11月号掲載)のダブル受賞が決まりました。直木賞には真藤順丈氏(41)の「宝島」(講談社)が選ばれました。贈呈式は2月下旬、東京都内で開かれます。

上田氏の受賞作「ニムロッド」は、IT企業で仮想通貨マイニング業務を命じられた38歳の「僕」が主人公。心に傷を抱えた友人や恋人との交流や別れを描き、仮想通貨ビットコイン(BTC)や出生前診断などの題材を取り入れながら、生産性や合理化が優先される現代社会で生きる意味を問う作品となっています。

作中の主人公「僕」の名前が「中本哲史」である点も注目されます。2008年10月にネット上でビットコインに関する論文を発表し、2009年1月にビットコインの最初のブロック(ジェネシス・ブロック)をマイニングした「ナカモト・サトシ」と名乗る人物はいまだに正体不明ですが、漢字で「中本哲史」と表記されることもあります。

芥川賞選考委員の作家・奥泉光氏は選考会後の記者会見で選考経過について説明。上田氏の作品に関して、「完成度が高い。ビットコインに関わる会社員を主人公に据えながら、その恋人や友人との関係といった、現代的、日常的なところから話をスタートさせて、小説として人類の営みの終わりという非常に大きなものを導入させてくる。『大変な跳躍力』と評した選考委員もいた。大きな世界観と日常的な出来事をつなげる手際の良さが受賞につながった」と評しています。

さらに奥泉氏は「私見では、人類が積み重ねてきた営為がもう終わってしまうかもしれないことへの哀惜がにじむ作品だと感じた」と付け加えています。

受賞作の「ニムロッド」は、1月26日に単行本が講談社から刊行されます。講談社の作品内容紹介では、「あらゆるものが情報化した社会を背景に、生きづらさを抱えた人々を描き、個のあり方を問う。新時代の仮想通貨小説!」と銘打っています。

IT企業役員のかたわら作家活動

芥川賞の受賞が決まった上田氏は、1979年、兵庫県明石市生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、法人向けソフトウェア販売のITベンチャー企業の立ち上げに参加し、現在は広報・販売の役員を務めています。

そのかたわら、作家として、2013年の作品「太陽」で新潮新人賞を受賞してデビュー。2015年には「私の恋人」で三島由紀夫賞を受賞、2016年にはGRANTA Best of Young Japanese Novelistsに選出され、2018年には「塔と重力」で芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞しています。芥川賞には過去にも2度、候補になったことがあり、今回3度目の候補での受賞となります。

仮想通貨と小説に共通点

受賞後に東京・千代田区の帝国ホテルで開かれた記者会見で、上田氏は「仮想通貨と小説の共通点は?」との質問に対し、「単純に仮想通貨は『価値がある』として分散処理をして、取引台帳だけで『存在するよ』とみんなが言っていくだけで価値があるとされる。小説も文字しかなく、キンドルであっても紙の本であっても、物体があるわけではない。きちんと意味として読み取れないと存在しない」とした上で。「書いてあるだけなのに存在する、何か世の中に影響を与えるという意味では(仮想通貨と小説は)似てるかな」と答えています。

また、芥川賞選考委員の奥泉氏から「人類が積み重ねてきた営為がもう終わってしまうかもしれないことへの哀惜がにじむ作品」と評されたことに関連して、人間の営みが縮小していく中でも小説を書く意味について問われると、「小説に限らず、芸術一般に『これって意味があるの』という行為を続けていることで人間は存在を担保されているのかという気がする。価値があるかどうか分からないものに賭けてやっていくという、効率では換算できないものが人間存在の根本にある。面白いかどうか分からないけれど、こういうものを書いて見ました、ということを続けていることが大事だ」と語っています。

ちなみに「ニムロッド」という小説の題名は、上田氏が好きな日本の3人組オルタナティブロックバンド「People In The Box」の楽曲のタイトルで、いつか小説のタイトルに使おうと思っていたとのことです。

友だち追加